マタチッチ・N響 ブルックナー交響曲第8番

マタチッチとN響ブルックナー8番の公演の録音(1984年)を聴いている。日本でのクラシック音楽演奏史上でも屈指の名演として名高い。細かいところはいろいろと荒っぽいが、何か、音楽の一番の本質のようなところを太い腕でグッとつかんで離さず、一気呵成に80分運んで行ってしまうといった趣き。

この公演はN響の団員にとっても印象に残るものだったらしく、彼ら自身がインタビューで語っている。大の大人、それも毎週のように公演に参加する生活を何十年も続けてきているプロにここまで言わせるというのは凄い。

もはや、楽曲の解釈がどうとか、指揮が分かりやすいとかいったレベルではなく、その全人格、存在自体からの放射で、団員たちも訳が分からないまま、持てる以上の力を出させられているというほかない。下記の三戸氏の「手をきらきらさせて・・・」という発言が凄い。真のリーダーシップというのはこういうことか。

どこの世界もそうだと思うが、指揮界でも、要領よく表現をまとめるマネージャータイプばかりで、マタチッチのような人はあまり見ないですね。

●北村氏(首席トランペット奏者) 数年前のラジオ番組での発言:
・ 自分たちは当時は今の団員と違って実力がなかったのに(発言ママ)、よくこんな演奏がやれたものだ。録音を聴き返していて胸が熱くなる。
・マタチッチが演奏中、口を開けて叫ぶような顔つきになるが、そうすると、我々はなりふり構わず音を出してしまう。そういう風に引き込まれていく。
●三戸氏(チェリスト) N響のウェッブサイト上のインタビューから:
・足を悪くしていらして、指揮台につくまで、団員の肩をかりて練習場に入って来られました。そんな不自由な身なのに、指揮台につかれたとたん、ブルックナー第1楽章冒頭のテンポが分かるんですよ!
ブルックナーの第4楽章、手をきらきらさせて。私も、音量や弓の圧力が操られるように導かれて、何が何だか分かりませんが、弓が折れても構わないと思うぐらいで、そのような定期に3つとも乗ることができました。オケ全体があんなにすごい音になるなんて。

上岡敏之・新日本フィル・アンヌ=ケフェレック モーツァルト ピアノ協奏曲第27番

(2018年2月の書き込み(備忘)>

今週火曜日のNHKFMで、一昨年9月の上岡敏之さんの新日フィル音楽監督就任披露演奏会の録音が放送された。プログラムにはモーツァルトの27番の変ロ長調のピアノ協奏曲K595があった。

f:id:strassberger:20191029215603j:plain

昔から、この曲の持つ、きわめて単純な編成とメロディ、独奏ピアノの水晶のように澄んだ響き、優しさと哀しみが微妙に交差を繰り返す調性に魅せられてやまない。

わずか30分足らずの曲だが、聴いていると、作者の魂がこの世の肉体を離れ、自由になり、楽しかった思い出、心を突き刺す鋭い悲しい思い出等も含め、人生を回想しつつ、次第に諦観に沈み、最後のロンドでの無邪気な子供のような境地に至っていくのを感じる。

ジャンルはおよそ異なるが、これに最も近い印象を持つ作品は、宮沢賢治の「銀河鉄道の夜」である。「銀河鉄道」の登場人物たちが感じる、心を刺す悲しみ、諦観、他人の幸福を願う無私の心といったものを音楽にすると、このK595に近い響きになるのではないかと思う。

変ロ長調という調性は、半音下のイ長調のような艶やかさも、フラットを一つ増やした変ホ長調のような英雄的な華やかさもなく、地味だが、水晶のように清らかで、同時に、どこか生命力が下降していくような、不思議な響きの調性だと思う。

この演奏会では、アンヌ・ケフェレックというフランスの女流のソリストもピアノ響きが大変美しく豊かで、そこに例によって上岡さんがピタッと完璧な伴奏を付けていく良い演奏。でも、ケフェレックさんのピアノは、この曲のイメージに比べて、少し生命力に溢れすぎているかもしれないと思った。贅沢を承知での発言であるが。

私の個人的な好みでは、80年代に内田光子さんがジェフ・テイト(彼も今は故人である)とイギリス室内管と組んだものが禁欲的で、この曲にあっていると思う(というより、私自身がこの曲のそうした聴き方を彼らの演奏から学んだという方が正しいが)。

 

三舩優子 ドビュッシー

 (2018年3月の書き込み(備忘)>

昨晩は、三舩優子さんのオール・ドビュッシーのリサイタルへ。

白寿ホールのロビー・コンサートというのは、本当にこじんまりとした空間なので、ピアノ音楽を聴く上ではこの上ない環境です。ショパンやリストの時代のサロン・コンサートはおそらくこういう規模感だったのではと。昨晩でいえば、とりわけ、最後の「喜びの島」の大迫力を、全員がわずか数メートルの距離で体感できたのが、実に贅沢でした。

三舩さんも、今年はObsessionに加えて、ドビュッシー・イヤーということで、今後、この作曲家関係の企画がいろいろとあるようです。期待。

ただ、今回のコンサートを聴くと、来年あたりは、リストの少し大きめの曲なども聴いてみたいなと思った次第。

f:id:strassberger:20191028214627j:plain



ポゴレリッチ 奈良での録画

<2018年3月の書き込み(備忘)>

ポゴレリッチと言えば、いつも反抗期のティーネージャーのような不機嫌きわまる顔でCDジャケットに映っている青年というイメージがあったが、すっかり貫録のある中年になってしまった。こちらも歳を取ったので人のことばかりいえないが。
珍しく奈良のお寺で収録されたこのプログラムは曲目もなかなかにこだわりを感じるもの。3月26日の早朝のBSプレミアム

全体にとてもゆったりして、柔らかく、暖かな雰囲気が、画像と音から広がりました。ピアノの響き、特に中低音が綺麗。現在のボゴレリチは、歩き方も話し方もゆっくりとして柔らかい微笑の男性ですが、そうした所作から深い呼吸の音楽が生まれるような気がします。

「ピアノ・ソナタ Hob.XVI-37 から第2楽章」
ハイドン:作曲
(ピアノ)イーヴォ・ポゴレリチ
(4分53秒)
~2017年10月24、25日 正暦寺福寿院客殿(奈良県奈良市)で収録~

ソナチネ 作品36第4から第2楽章」
クレメンティ:作曲
(ピアノ)イーヴォ・ポゴレリチ
(1分57秒)
~2017年10月24、25日 正暦寺福寿院客殿(奈良県奈良市)で収録~

ポロネーズ 第4番 ハ短調 作品40第2」
ショパン:作曲
(ピアノ)イーヴォ・ポゴレリチ
(6分55秒)
~2017年10月24、25日 正暦寺福寿院客殿(奈良県奈良市)で収録~

ノクターン ホ長調 作品62第2」
ショパン:作曲
(ピアノ)イーヴォ・ポゴレリチ
(7分44秒)
~2017年10月24、25日 正暦寺福寿院客殿(奈良県奈良市)で収録~

「楽興の時 作品16 から 第5番 変ニ長調
ラフマニノフ:作曲
(ピアノ)イーヴォ・ポゴレリチ
(5分23秒)
~2017年10月24、25日 正暦寺福寿院客殿(奈良県奈良市)で収録~

「悲しいワルツ」
シベリウス:作曲
(ピアノ)イーヴォ・ポゴレリチ
(8分17秒)
~2017年10月24、25日 正暦寺福寿院客殿(奈良県奈良市)で収録~

 

f:id:strassberger:20191027090145j:plain

 

ハンス・スワロフスキー  N響 ザ・レジェンド

(2018年3月の書き込み(備忘)>

土曜夜のFM放送番組、N響ザレジェンドで、70年代初めのハンス・スワロフスキーの公演記録を聴いた。スワロフスキーはアバドやメータを育てたウィーンの名教師としてのみ知るだけで、演奏を聴いたことはなかったが、いやお見逸れしましたというか、演奏家としてもとてつもない存在だったことを体感。
特にエロイカ。正統派の美というか、何一つ奇抜なことをしていないのに、全てがピタッと収まるべきところに収まる感じ。しかも、各楽器の音の分離が異常に良くて、その点の印象ではセルとクリーブランド管の録音に似ているが、セルのように潔癖さが前に出るというよりは、もっと自然体。喩えて言えば、背筋がピンと伸びて、手足もすらっと長いハンサムな紳士が、隙一つ無いスーツ姿で、微笑を浮かべながら歩いていくような感じ。極東のオケに初客演して、ささっとこういう演奏をしてしまうなんて、どんだけ凄腕だったのかと思う。

番組では、その数週間前にはスクロヴァチェフスキのモーツァルト交響曲集というのもやっていて、これもなかなかの内容。これはずっと最近の演奏会で、近年流行のオケをうんと小さな編成にした「時代考証を意識した演奏(historically informed performance (HIP))」スタイルによるもの。個人的にはHIPによるモーツァルトベートーヴェンは薄味の病院食を喰わされているようで好きではないが、このスクロヴァチェフスキ・N響の演奏は悪くないと思った。とりわけジュピター交響曲の終楽章は大いに燃焼感があって、インターネットのベルリンフィルのデジタルコンサートホールの宣伝でしきりに出てくる、ラトル・ベルリンフィルの同じ曲の演奏(これもHIPスタイルによるもの)にも劣らないように感じた。

その前の週にはサヴァリッシュブラームスの4番とかやっていて、これは録音がうまく行かずに、ほんの一部しか聴けなかったが、「サヴァリッシュ教授による大学でのご講義」といった真っ当で正当な演奏を期待していたら、一楽章で弦の細かなフレージングをいじくったりしていて、サヴァリッシュってこんなメソメソしたことをやる人だったんだと意外な感じ。ぜひ全曲聴きたかったところ。

この番組、今週はスヴェトラーノフラフマニノフ、来週は中村紘子さんの協奏曲集と引き続き目が離せない。

リヒャルト・シュトラウス  チェロソナタ

リヒャルト・シュトラウスのチェロ・ソナタ。壮麗な交響詩やオペラとは違って、これもいい。

https://www.youtube.com/watch?v=L838Gfi8Hmw&feature=share&fbclid=IwAR3OHfkGgn1tv9VbSNUHAkVjt3D1KJHJv0Xdhmxh8CkRwrt1cAoz4mBm9kY

 

 

バーンスタイン・ベルリンフィル マーラー第九

レニー、ベルリンフィルの一期一会の演奏会でのマーラー9番。細かなミスも多いし、これが唯一絶対の解釈とは思わないが、うるさ型のクラリネット首席のライスターをして「我々は最後はバーンスタインの前にひれ伏した」と言わせしめた奇跡的な演奏記録が、40年後の今、誰もが聴ける形で提供されているということだけで満足です。

f:id:strassberger:20191024211100j:plain