ペトレンコ・ベルリンフィル  モーツァルト交響曲第35番「ハフナー」

ベルリンフィルのデジタルコンサートホールが無料開放されている機会に、ペトレンコの公演をいくつか見る。

 

就任前の「悲愴」メインのプログラムの前半でやっていた「ハフナー」が非常にいい。しばらく前に、チェリビダッケが冒頭の主題の「レー(レ)レー、レ、ド、ド」の2回目のドをふわっと、デリケートにやっているのに感嘆していたら、まさにペトレンコが同じニュアンスでやっていた。

 

全体に、最近のHistorically Informed Perfomance(HIP)の路線ではあるが、音は痩せすぎず、かといって、アーノンクールみたいにトゲトゲしくもならず、自然でかつエネルギーのある良い演奏。

 

時々、あざといようなテンポの溜めを作ったりするが、それも嫌みにならない程度。

 

同じコンビのベートーヴェンの七番でも感じたが、ペトレンコは、この30年あまりのHIP路線が成熟した、まさにその演奏様式の終わりの最円熟期、あるいはその終わりの始まりくらいの位置に立っている音楽家という気がする。

マーラー 第五番 名盤 (メンゲルベルク・アムステルダムコンセルトヘボー)

マーラー5番のアダージェット。更に時代を遡って、1926年(昭和2年!)録音のメンゲルベルクアムステルダム・コンセルトヘボーのSP録音だと、わずか7分5秒。

ポルタメントてんこ盛りで、今こういう風に弾くとすぐに指揮者から「ポルタメントやめてください」と注意されそうだが、それはともかくとしても、さすがにここまで速いと、折角の美しいフレーズが十分堪能できない感もあるが、作曲者自身からは絶大の信頼を得ていたメンゲルベルク

作曲者のイメージはこんな感じだったのかもしれない。

 

 

マーラー 第五番 名盤 (ワルター・ウィーンフィル)

1938年(昭和13年)録音のBruno Walterとウィーンフィルマーラーのアダージェット。

水色に透き通った空のような淡い音色なのは、戦前のウィーンフィル特有のものなのか、古い録音のせいか分からないが、近年では10~11分はかかるのが当たり前のこの楽章を7分台でやっている。また、途中での盛り上がりも過度にロマンチックにならずに淡々とやっている。バーンスタインカラヤンシノーポリ。みんな味付け過剰で、本来、こういう淡い音楽だったのかもしれない。

 

2017年バイロイト パルジファル 感想

 

バイロイト2016年からのパルジファル演出はモスクがでてきたりと過激だったらしいが、2017年の音だけをNHK-FM放送録音で聴く。各歌手とも好調の上、ヘンヒェンの指揮がこの複雑なスコアを手堅くまとめていて、実はかなり名演ではないかと思う。

もともとこの公演は、今、売れっ子のアンドリュー・ネルソンスが振るはずだったところ、直前に突然の降板をし、スター指揮者の代役という損な役回りを引き受けたのが、ヘンヒェン。日本にも来て活躍しているようだが、私はこれまで聴いたことはない。そもそも、ヘンヒェンというとドイツ語でニワトリという単語と発音が同じで、名前だけ聞いて勝手に冴えないイメージを持っていたが、かつてのカイルベルトを彷彿とさせる、引き締まったドイツの匠といった感じ。二幕の終わりの彼の地では珍しい熱狂的な拍手は、演出ではなく、熱演の歌手二人と彼の率いるオケに対するものではないかと思う。

それにしても、この作品、音楽も台本も、聴けば聴くほど、また、こちらが歳を取っていろいろな経験を積めば積むほど、多くのことを感じ、考えさせるものが入っていて、汲めども尽きない泉のようで、一人の人間による創作であることが殆ど奇跡のような感じる。更に、実演では、各プロダクションの製作の度に、演出家が腕を振るって、イスラムとの対立なり、ナチス時代の歴史なり、作曲家の精神分析なりを材料に、いろいろな読み替えや二重解釈をやったりと、誠に知的に興味が尽きることがない。

 

ワーグナーの作品自体が象徴主義的かつ普遍的で、シンボルに具体の事象を当てはめるといくらでも応用が利く構造になっていることが大きいのだろうが。

 

2016年バイロイト パルジファル 感想

 

2016年バイロイトパルジファルはここまでやるかという感想をもたざるをえないものだった。

この演出でのあらすじは、金髪美青年のパルジファルが、第二幕ではUSアーミールックで現れ、クリングゾールの悪の城はイスラム風モザイクのモスク。このプロダクションを、中東アフリカからの難民問題で揺れる2016年のドイツの夏に初演するとは、バイロイトも相変わらず攻めているとは思うが、逆に言えば、これぐらい変なこと(Kitsch)をしないと刺激を感じないくらい、強い倦怠感があるのかもしれないとも思う。

 

難民問題で夏休みも心中穏やかでなかっただろうメルケル首相が観たら、どんな感想をもったのだろうか。

 


 

アメリカの総合誌newyorker magazine はなかなか侮れないとの評価(楽劇ワルキューレ)

トランプ大統領の治世下で揺れる最近の報道ばかり見ていると、アメリカはみんなMAGAと叫ぶばかりの愚民民主主義に墜してしまったように思うが、少し前だが一昨年の秋に底力を感じる記事がnewyorkerにあった。

 

ワルキューレの第2幕の冒頭の場面は、舞台上ほとんど動きがなく、ヴォータンが妻フリッカから延々と責められ続けるシーンが30分くらい続く、この長い作品の中でも、あまりジューシーとは言えない部分だが、その終わりに僅か10小節・30秒間のキラリと光る宝石のような変ホ長調のパッセージが含まれていると指摘し、そのネタでああだこうだと延々と引っ張る、なかなかマニアックな記事。

こういう記事が、専門誌ではない総合文芸誌に載っているあたり、トランプ現象だけを見ていると見誤る、アメリカの底力と余裕を感じるところ。

映画ボヘミアン・ラプソディ―のあらすじへの荒唐無稽な感想(パルジファルと似てない?)

DVDになった「ボヘミアン・ラブソディ」をようやく観た。クィーンの曲はあまり聴いたことはなかったが、メロディアスで和声も美しい歌につぐ歌を楽しむとともに、俗な言い方だが天命を悟った後の主人公の生き方に普通に感動した。あわせて、しばらく前にNHKのコント番組「ライフ」でやっていたこの映画のパロディも読み解いてすっきりしていた。

他方で、この一週間、映画のストーリーが転機を迎える場面、ポールとの酒池肉林の生活を後にしてクィーンのメンバーの元に戻ることを決意する雨のシーンについて、何かデジャブ感があって引っかかっていたが、今朝、ようやく思い当たった。なんと、ワーグナーの「パルジファル」の第二幕のシーンだった。(以下、マニアックな長文注意。「パルジファル」のストーリーをご存じだったらどうぞ)。

あの第二幕で、パルジファルがクンドリとの接吻で俄かに天命を悟る場面。母のような愛情でフレディを支えてきたが、自らの救いも必要とするメアリはまさにクンドリ。かつての仲間のところに戻ることを決意するフレディはパルジファル。「お前のセクシャリティを公表してスキャンダルにしてやるぞ」とフレディを引き留めようとするポールは、堕落した騎士にして魔術師のクリングゾール。ポールを振り切って、フレディが決然と去っていくシーンは、「パルジファル」の第二幕の最後にそっくり。
そう考えると、戻ってきたフレディを受け入れ、クィーン(=騎士団)への受け入れを支援する弁護士のマイアミはグルネマンツ。フレディ不在で精細を欠いていた感の他のクィーンのメンバーはパルジファル帰還前の衰退した騎士団の感じにも通じる。そして、最後のライブエイドのシーンは、「パルジファル」第三幕の最後の聖杯の儀式。フレディが振り回すマイクスタンドは、パルジファルが奪還した聖槍というところか。
それでも少し調整が必要な部分がある。最後の聖杯の儀式の中で安らかに息を引き取るアムフォルタス王は、フレディ自身でもあるだろう。アムフォルタス王は聖杯の騎士として禁忌の性的誘惑に負けた結果、聖槍で治癒することのない傷を脇腹に得て終生苦しんだが、それはフレディを苦しめた病いに対応する。映画では、不治の病で肉体的にはやがて死を迎えるフレディが、ライブエイドのコンサートで聴衆と心を通じ合うことで、生きた証を感じた(いわば自らの魂を救済した)というストーリーになっていた。そうだとすると、フレディは、アムフォルタス王と、その魂を救済するパルジファル一人二役で兼ねていると言い得なくもないだろう。

そこをそう解決すると、人生の成功者で息子にも「善行を積め」と小うるさいフレディの父親は、アムフォルタス王の父親で、息子に義務である聖杯の儀式の執行を求めるティトゥレルに対応すると読み解くこともできる。

ジム・ハットンに役が無いと気の毒なので、彼には、第三幕でのクンドリの役を割り当てたい。クンドリは第三幕で、パルジファルの足を洗い、香油を振りかけて、グルネマンツとともにパルジファルに仕える。第二幕までのクンドリはメアリと二人一役になる。

ワーグナーのオペラの「読み替え」は本家バイロイトお家芸で、しばらく前も、イスラム国とトランプを彷彿とさせる危険な「読み替え」をやっていたが、さすがにボヘミアン・ラプソディへの「読み替え」はやってほしいが、なかなか難しいと思う。日本はこれだけクイーンが好きな人が多いようなので、新国あたりでやらないものか。

パルジファルフレディ・マーキュリー

アムフォルタス:フレディ・マーキュリー一人二役

クリングゾール:ポール・プレンター

クンドリー:メアリーとジム・ハットン(二人一役)

グルネマンツ:ジム・ビーチ(「マイアミ」)

ティトゥルス:フレディの父親

他のクィーンのメンバー:騎士団のメンバー