モーツァルト

バーンスタイン・ウィーンフィル モーツァルト交響曲第39番

80年代のバーンスタインの録音は大抵聴いているが、モーツァルトの39番は、80年代半ばに自分としての絶対的なベスト盤(ブルーノ・ワルターとニューヨークフィル)と出会って以来、ほとんど他の演奏に目が行かなかったため、未聴だった。 amazon primeやspot…

晩年のモーツァルトの音楽

晩年のモーツァルトの音楽で恐ろしいと思うのは、ごく日常的な風景から一瞬で異次元の空間に連れて行かれるような感じがするところ。 この弦楽三重奏(KV563)もその典型。ハイドンのようなといってはハイドンに失礼かもしれないが、ごくありふれた古典音楽と…

ワルター・ウィーンフィル 1948-1956 ライブ

日経の日曜版「名作コンシェルジェ」に、1950年代のウィーンフィルとの名盤が登場(モーツァルトの40番とレクイエム、マーラーの復活) 特にモーツァルトの40番は、冒頭の有名なメロディ(ミレレー、ミレレー、ミレレーシー)の最後の「レーシー」の部分で、…

ペトレンコ・ベルリンフィル  モーツァルト交響曲第35番「ハフナー」

ベルリンフィルのデジタルコンサートホールが無料開放されている機会に、ペトレンコの公演をいくつか見る。 就任前の「悲愴」メインのプログラムの前半でやっていた「ハフナー」が非常にいい。しばらく前に、チェリビダッケが冒頭の主題の「レー(レ)レー、…

芥川龍之介と魔笛

作品としての凄みや深さは、同じ作曲家の「ドン・ジョバンニ」等の方が上かも知れないが、何とも言えない温かさと人間味という意味では、「魔笛」は数あるオペラ作品の中でも随一の存在ではないか。 20代に独身で2年間過ごした外国の街で観た「魔笛」で、パ…

チェリビダッケのモーツァルト交響曲第35番「ハフナー」

チェリビダッケ・シュトゥットガルト放送交響楽団のブルックナー・アルバムの中におまけのように入っているモーツァルトのハフナーが凄い。 例の第一楽章の冒頭の跳躍するテーマ(レー(レ)レーレ ド、ド)のレーがふわっと風が舞い上がるように始まり、そ…

内田光子 モーツァルト ピアノ協奏曲第27番

久しぶりに内田光子とテイトのコンビでモーツァルトの27番のピアノ協奏曲を聴いた。 以前、ユング学者の河合隼雄氏が「モーツァルトは、彼自身の音楽の犠牲者のような人です」という趣旨のことを言っていたが、すべての苦難を乗り越えて悟りの境地に入ったよ…

上岡敏之・新日本フィル・アンヌ=ケフェレック モーツァルト ピアノ協奏曲第27番

(2018年2月の書き込み(備忘)> 今週火曜日のNHKFMで、一昨年9月の上岡敏之さんの新日フィル音楽監督就任披露演奏会の録音が放送された。プログラムにはモーツァルトの27番の変ロ長調のピアノ協奏曲K595があった。 昔から、この曲の持つ…

上岡敏之・新日本フィル ブルックナー第六番

(2018年4月の書き込み(備忘)> 昨晩は不意に上岡敏之指揮の新日フィルの演奏会へ。ピアニストにフランスの女流ケフェレックさんを迎えたモーツァルトの24番のコンチェルトとブルックナーの隠れた逸品「第六交響曲」と素晴らしいプログラム。 モー…

ブルーノ・ワルターのライブ

東京ではたくさんコンサートやっているけど、あんまり行かないのは、何かと小忙しいのもあるけど、血が騒ぐというか、何が起きるか分からない、行かないと一生後悔するという感じが全然しないせいでもあります。固有名詞を挙げて申し訳ないけど、パーヴォ・…

ジョージ・セルのモーツァルトの39番

ジョージ・セルのモーツァルトの39番は本当に美しい演奏。誰かが白い陶磁器の肌のような質感と言っていたけれど、特に第一楽章の長い序章が終わった後の第一主題(2:17~)! ミソシー・・という本当に単純なフレーズですが、この世のものとも思われな…

ウラッハのモーツァルト・クラリネット五重奏曲

ウラッハとウィーンコンチェルトハウス四重奏団のモーツァルトのクラリネット五重奏を初めて聴いたのは、いつの頃だろう。確か、中3か高1の頃、FM放送でかかっているのを聴いたのが初めだったと思う。 当時80年代はまだ、クラシック音楽の評論でともす…