今は亡き東独出身の名指揮者テンシュテットのマーラー。「壮絶ライブ」というと陳腐だが、これは本当に凄い。お酒の濃度でいうと間違いなく40度以上。ひょっとするとライターを近づけると引火するような奴に近いかもしれない。
テンシュテットはきっと大酒呑みだったのだろう。大酒呑みにもいろいろな種類がいて、一番閉口するのが日頃抑圧している悪しき本性が開放されて攻撃的になるタイプ。もう一つの典型は、子供のように、歌って、騒いで、自らを開放し、最後は酔い潰れてしまうタイプ。テンシュテットは間違いなく後者のタイプだったろうとこの演奏を聴いて思う。
かつての上司で大好きだった人にそういうタイプの人がいた。飲みに行くと、こっちが心配になるくらい酔っぱらって、歌って、踊って、最後は潰れてしまう。タクシーで自宅まで送っていくのが大変だけど、憎めない。テンシュテットが実際にどうだったのかは知らないが、同じような匂いを感じる。
自らをさらけ出すという意味では同様にマーラーが得意だったバーンスタインもいるが、彼のは激しく酔いつつも、どこか覚醒していて、聴き手を意識して、何かを伝えようとしている感じがする。どんなに酔っても視界の中から相手の姿が消えることはない。全てが聴き手に対するメッセージのような気がする。ある意味とことん「顧客本位」と言えるかもしれない。テンシュテットのは最初から聴衆など関係ない。自分のペースでぐいぐい行って、勝手に酔っぱらって、最後は潰れてしまうという感じがする。
それにしても、100人以上のプロの音楽家、それも、常日頃テンシュテットとは付き合いがなかったニューヨーク・フィルに客演して、正体無い酔っぱらいを感じさせる爆演を実現してしまうとは、本当に凄い才能だと思う。