芥川龍之介と魔笛

作品としての凄みや深さは、同じ作曲家の「ドン・ジョバンニ」等の方が上かも知れないが、何とも言えない温かさと人間味という意味では、「魔笛」は数あるオペラ作品の中でも随一の存在ではないか。
20代に独身で2年間過ごした外国の街で観た「魔笛」で、パパゲーノが念願の伴侶パパゲーナと出会い、「二人の愛のご褒美に、かわいい子供ができたら嬉しいな」「はじめは小さなパパゲーノ」「それから小さなパパゲーナ」「も一人小さなパパゲーノ」・・・と歌う。くだらないと言えば実にくだらないが、そうした中で、暖かなオレンジ色の服を着た子供たちが舞台のカップルの周りににどんどん集まってくるのを見たときほど、孤独と人恋しさを感じたことはない。
そういえば、芥川龍之介の「ある阿呆の一生」で、人生からの逃避行を続ける主人公が立ち寄ったカッフェで蓄音機から流れてくる「彼の心持ちに妙に染み渡る音楽」として登場するのが「魔笛」だった。