ブニアティシビリ・上岡敏之・新日本フィル チャイコフスキー・ピアノ協奏曲(2017年11月17日)

(2017年11月17日の演奏会備忘)

上岡敏之新日本フィルとの演奏会。ブニアティシビリはチャイコフスキーのピアノ協奏曲で登場するが、チャイコフスキーを挟んだ前後が、ベックリンの有名な絵画「死の島」をモチーフとした2つの作品。冒頭がラフマニノフ交響詩「死の島」、後半のメインがレーガーの「ベックリンによる4つの音詩」、その3曲目がやはり「死の島」にインスピレーションを得たもの。こういうコンセプトに基づいたプログラミングは、上岡=新日本フィルのこだわりで非常に面白いが、やはり実質的なメインはどう見てもチャイコフスキーというところかと。

奔放さではアルゲリッチ以来じゃないかと思われる雌豹ブニアティシビリを、これまた本番で何を繰り出すか分からない舞台人・上岡さんがどう迎え撃つかが、大変楽しみな組み合わせ。

案の定、スリリングもスリリング。ホルンから始まるあの有名な入りが、何か非常にゆっくり目でふわっと宙に舞ったような不思議な感覚。上岡さん何かやるのかなと思う間もなく、ピアノが入ってくる。ジャン、ジャン、ジャンという3拍子の和音は、意外に普通。もう少し、ギレリスみたいに鋼鉄のような、もの凄い響きで弾くのかと思ったら、そうではなくて、とても整った響きの綺麗な音。

ところがやはり、序奏が終わって主部に入るや否や、ブニアティシビリがさっそく仕掛けてくるというか、猛烈に早いテンポで走る、走る。でも、上岡さんのオケがそれに負けず、ピシッとテンポを付けてくるのはさすが。場所によっては弦も管も曲芸のよう。

全曲の白眉は第2楽章。ブニアティシビリはデビューの頃、リストのソナタをバリバリ弾きまくっていたのと、野生的な容貌のせいで、何となく猛女のようなキャラクターとのイメージを勝手に抱いていたが、実は、ピアノ音がとても繊細に変化して、特に弱音がもの凄くきれいで、こういう抒情的な音楽な音楽だと本当に引き立つ。この日は、協奏曲の後、アンコールでドビュッシーの月の光と、シューベルトのセレナードのピアノ版を2曲も弾いてくれたが、そこでもこの弱音の美しさが際立っていた。

自分は残念ながら世代的にホロヴィッツの実演に接する機会はなかったが、いろいろなピアニストの中では、ブニアティシビリは、録音で知るホロヴィッツの音色がキラキラと変わる音にとても似ていると思う。

第3楽章は、予想通りというか、これまたオリンピックの短距離走並みではないかというような猛烈な速度。他方で、冒頭のところが典型ですが、早すぎて、あの独特のリズムが十分維持できず、少し平板な感じもあったが、それにピタリと付けて最後までビシッと決めたオケに拍手。

全体の印象としては、第一楽章、第三楽章はもう少しゆっくりな方が、チャイコフスキー特有の美しいメロディーが楽しめたとも思うし、そう言った点も含めて、この曲に理想的な演奏を求めるなら、リヒテルカラヤンの古い録音や、ギレリスとメータのもの等、別途いろいろあると思う。

ただ、実演ならではの何が起きるか分からないというスリルは非常に味わえたし、何よりも、このジョージア出身の若いピアニストが、自らの二の腕だけを頼りに世界中をツアーで回り、誰にも遠慮をせずに、自らが信じるまま突っ走っている、その潔さと度胸に感動を禁じ得ないところがあった。かつて、外国に渡った直後の小澤征爾もきっとこんな感じだったのだろうな、というか。やはり、まだ貧しい国の出身の人だからなのか、ガッツとエネルギーが凄い。もちろん、それを正面から受けて立った上岡=新日フィルにも拍手だが。

残りの曲目については、ラフマニノフは面白かったが、レーガーは残念ながらちょっと作品自体が弱いかなという印象。ただ、上岡=新日本フィルは、これもツェムリンスキー「人魚姫」等と一緒にCDにしている。たくさん売れるとは思えないアルバムだが、日本のオーケストラがこういう曲目までCD化するのは凄いと思う。

さて、当日の新日フィルは出血大サービスで、この後、オケのアンコールまであった。何とワーグナーの「ジークフリートの葬送行進曲」。これも「死」というコンサートのテーマと、最後のレーガーの編成が、ホルンを1人足せば一応ワーグナーをやれるものだったということだろうが、大変洒落たプレゼント。さすがに、緻密に作り込むいつもの上岡流ではなくて、ざっと流して、やや映画音楽風ではあったが、大変贅沢な話。

これだけ楽しんでA席たったの2000円。S席でも4500円で、学生やシニア割引もあるので、本当にお得。楽団の財政が少し心配。さすがにこの日の客入りは悪くなかったが、応援したいもの。