カルロス・パイタ

指揮者カルロス・パイタについて、正面から論じ、評価する1981年頃のワシントン・ポスト紙の批評。

日本ではフルトヴェングラーエピゴーネンとしてしか見られておらず、というより、今やほとんど忘れられているが、たとえば彼のベートーヴェンは、クライバーのをもっと骨太にしたような堂々たるもので、本当に素晴らしい。

幸い結構録音も残っているので、いずれ再評価・ブームが来ないものか。

 

www.washingtonpost.com

 

バーンスタイン・ウィーンフィル ブルックナー第九

最晩年のバーンスタインの様子についての興味深いオーラルヒストリーを発見。このDVDのユーザーレビューの上から4つ目、宇野広報氏(このペンネーム!)のもの。

この方がブルックナーのビデオ収録に聴衆として立ち会った前後の出来事が記されている。

商品となったビデオでは分からないが、この時点で巨匠の健康は相当衰えていたこと、そのことが人前では常に格好良いスターでいたかった本人のプライドを酷く傷つけていたことが分かる。

(”ちょうど舞台近くの席にいた私と振り返ったバーンスタインと目が合い、彼は「笑っているような事態ではない」といわんばかりの、背中も凍りつくような厳しい目でにらみつけたのを未だに忘れられません。”)

その上で凄いと思うのは、残された録音のCDを音だけで聴く限りは、衰えは何ら感じられない、凄いエネルギーのブルックナーであるということ。真のプロの仕事というか。

それもこの年の7月にはいよいよ無理となって、東京での同じブルックナーの九番の演奏会はキャンセルとなり、チケットを入手していた自分にとっても永遠に幻に消えてしまうことになる。いつもいつも同じ繰り言で申し訳ないが。

 

https://www.hmv.co.jp/userreview/product/list/3475815/?fbclid=IwAR2drPkw9E43AkQ3xPZ7_yt0wWunk4M88ECOrQL8srfh9UcT6Y5OuzlQK3o

 

 

バーンスタイン・コンセルトへボウ マーラー第四

バーンスタインの晩年のマーラー交響曲4番の録音を久しぶりに聴いた。世間では60年代にニューヨークフィルと入れた録音の方が評判が高く、晩年の全集の中ではこの録音はなぜか影が薄いが、改めて聴いて、ありとあらゆる表現をやり尽していて見事という他ない。

この録音では、終楽章の声楽ソロに、通常なら成人女性のソプラノが歌うところに、ボーイソプラノを起用している。

テルツ少年合唱団員のヘルムート・ヴィテックという人だが、巨匠のマーラー全集録音に起用されるだけあり、さすがに安定感ある歌いぶり。

それは声楽の技術だけでなく、雀のような少年の華奢な躰(レーゲンスブルクの少年合唱団はDomspatzen(大聖堂の雀たち)と呼ばれているくらい)からの、今にも壊れてしまいそうな、いじらしい響きではなく、音域こそ高いが、おそらくは母親の背丈を超えかけたであろう、骨格もしっかりとしてきた躯体を感じる声である。

しかし、それが、かえって声変わりで失われる直前の儚さも感じさせる。これだけ見事に歌えていたのが、ある日を境に二度と同じように歌えなくなるのはどういう気分なのか。羽をもがれた天使のようで痛々しさを感じる。

このヴィテックという人、この録音の他に、アーノンクール指揮のバッハのカンタータ等にも登場するが、その後の声楽家としての活動は聞かない。

今回、グーグルで検索して初めて知ったことだが、今は南ドイツの録音技術関係の会社の共同CEOを務めているとのこと。私より2つ年下の同世代。健在なようで何より。

最初の写真はもっと幼いときと思われる。二番めの写真でバーンスタインの向かって右側の少年がWittekとのことだが、背丈は既にバーンスタインとあまり変わらないので、おそらくこのマーラーを入れた頃ではないか。

 

 

ジョナサン・コット「レナード・バーンスタイン ザ・ラスト・ロング・インタビュー」

バーンスタインの死の一年前に行われたロングインタビュー。原題Dinner with Lennyのとおり、バーンスタインコネチカットの別荘で午後3時前から真夜中過ぎまで、夕食を挟んで延々と続いた会話の録音テープを起こした記録。

もともとは1990年に「月刊朝日」にも転載された米ローリングストーン誌の短いインタビュー記事のための記録が、何らかの事情で2013年になって出版されたものらしい。

音楽面も含め、特に目新しい話、深い話はない。ただ、息子のような歳のインタビューアを相手に、無類の率直さで、ああでもない、こうでもないと語り続ける。

最後、午前2時半になり「もうお終いにしよう」と自分から言いつつ、ウィーンフィルと録音したベートーヴェン弦楽四重奏14番の弦楽合奏版のCDをかけ始めてしまうあたりの感じが何とも。かれこれ12~3年前の上司がこのタイプで、カラオケに行くとエンドレス。「もう帰らないと」とか言いつつ、いつの間にか、最後にもう1曲みたいなことになっている。始末に悪いが懐かしい。

というわけで、一般の方には全くお薦めできないが、バーンスタインのことが本当に好きな人に限っては、巨匠と飲みにいった気分になれるという意味で、お薦めの一冊。

 

https://www.amazon.co.jp/%E3%83%AC%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%82%A4%E3%83%B3-%E3%82%B6%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%AD%E3%83%B3%E3%82%B0%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%82%BF%E3%83%93%E3%83%A5%E3%83%BC-%E5%8D%98%E8%A1%8C%E6%9C%AC-%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%82%B5%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88/dp/4871985806/ref=sr_1_8?__mk_ja_JP=%E3%82%AB%E3%82%BF%E3%82%AB%E3%83%8A&dchild=1&keywords=%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%82%B5%E3%83%B3%20%E3%82%B3%E3%83%83%E3%83%88&qid=1631277513&s=books&sr=1-8&fbclid=IwAR0V1FuJOmK08RPwAzsp8fiCDggozszWlEWyXdKZF4hr6tsEwoHf4r55OJs

カラヤン・ベルリンフィル マーラー第九(1982年(ライブ録音))

カラヤンベルリンフィル マーラー第九(1982年(ライブ録音))

カラヤンマーラー9番。1979年のスタジオ録音が優れていると思っているが、「1982年のライブ録音はそんなに悪かったかな」と不安になって、聴いてみた。

会社等の仕事でも、不慣れな分野を用心しながらぎごちなく確認しながら進めている場合と、慣れている分野を自信をもって進めている場合とで、後で振り返ってみると、前者の方が一見ゴツゴツしていても、実は仕上がりが悪くない場合もあると思う。

この二つの録音も同じようなことが言えるのではないか。1982年盤の方が全体としてすっかりこなれていて、全体に音楽の流れに無理がなく安定している。1979年盤は、第一楽章のテンポの加速等でギクシャクとしたところがあるし、第二楽章、第三楽章も、何となく危うい感じのところがある。ただ、それによる切迫感がかえって悪くない。1982年盤は表現の角が取れている分、インパクトが弱くなっているところがある。

もう一つは、音の質。1979年盤はアナログ録音、1982年盤はデジタル録音だが、サウンドがかなり違う。以前から言っているように前者の方が個々の楽器に近いオンマイク、後者の方が少し距離を感じるオフマイクの響きになっていることは明らかだが、ライブ録音だからオンマイク的な設営ができなかったわけではあるまいし、それが嫌ならスタジオ録音もできたはずである。そもそも、カラヤンは、レコードの個々のミキシングまで全部チェックし、エンジニアに細かな注文を出す人だったので、この違いは結果ではなくて、明確な意思によるものと思う。

ちょうどこの1982年盤が録音された同年9月のカラヤンへのインタビューの雑誌記事が手元にあるが、カラヤンがいろいろと大病をした話の後、「マーラーの響きを表現する音色が手に入った」「自分の求める、あのヴェールをかけたような響きを手に入れた」という発言がある。1982年の録音は、まさにヴェールをかけたような響きで、70年代までのカラヤンベルリンフィルの圧倒的な音圧の強い響きとちょっと違うという感じを受ける。繰り返しになるが、個人的には1979年盤の響きの方がカラヤンの個性が出ていて好きだが、1982年盤の少し霞んだ響きも独特の美しさは感じる。

インタビューでは更にマーラーの九番について「指揮すると不気味な気持ちになる」「死の旋律です。自分が引き裂かれるような気がします」と語っている。カラヤンは、バーンスタインと違って、あまりこういうモノの言い方をする人ではないので印象に残っている。1982年盤も、そういう音楽の外からの文学的表現が持ち込まれている感じは一切しないが、この曲の特に第一楽章の静逸な部分のどことなく不吉な感じは特に印象に残る。

今日はCDで聴いたが、中3の時にエアチェックしたテープも学生時代はよく聴いた。世間でも、バーンスタイン・コンセルトへボウの録音が発売されるまでは、このカラヤンのライブ盤が決定盤のような感じでFM放送でもよく流れていたと思う。

 

 

カラヤン・ベルリンフィル マーラー第九(1979年(スタジオ録音))

昨晩ノット・東響のマーラー・一番の映像を少し観たせいで、聴きたくなってしまったものだが、やはり、爽やかだが若く薄味の本年モノの白ワインのような「一番」ではなく、経年変化でこってり重く渋みにも欠けぬ赤ワインのような「第九」を選ぶ。マーラーの両曲の間は、ベートーヴェンの「第一」「第九」と同等以上の距離があると思う。

この曲も先般バーンスタインの録音を何種類も立て続けに聴いたので、今日はカラヤンの1979年のスタジオ録音盤。

この録音を通して聴くのは久しぶりだがやはり凄かった。

第一楽章は変幻自在のバーンスタイン流と違って、律儀で逆にどこかぎごちないが、第二、第三楽章は、ベルリンフィルの強靭な合奏力が、変な喩えだが、メカニカルな正確さと重い響きで、超合金のロボットを思わせる格好良さ。

中高時代の音楽教師が「カラヤンマーラー九番は第二、第三楽章がいい」と言っていたが、あらためてその慧眼に感心する。

そして第四楽章のアダージョ。あの、黒檀のように光る、全盛期のカラヤンベルリンフィルの弦の音! 特にチェロ・コントラバスは、強奏の度にギッと、松脂の粉が弓から飛ぶような迫力ある音を出しているが、これはマイクが楽器に近いスタジオ録音ならではの長所だと思う。1982年のライブ録音盤ではこういう音は聴こえてこない。

後半の最大の見せ場の金管セクションによる最後の審判のような場面の後、弦楽器だけが残って天に向かってHの音を長く伸ばすところ(122小節目)。ここはカラヤンは、全弦楽器の弓のアップダウンを1ミリの狂いもなく完全に合わせることで、異常な効果をあげる。

本当に凄いと思うが、嫌いな人は、人工味が過ぎるといって嫌うだろう。逆に、バーンスタインの演奏では、ここでは大抵気持ちが先に行って、弦楽器の弓遣いが完全に合わない。それが却って、必死な叫びと真実味を感じさせるが、この部分の純粋に物理学的な音の威力はやはりカラヤンの方が遥かに凄い。

前にも書いたが、カラヤンのこの曲の録音としては、一般には1982年のライブ盤の方が評価が高いと思うが、自分個人は、この1979年版の方が、録音のオンマイク具合が当時のこのコンビの合奏力の凄さをよりよく捉えていて好きだ。

【バーンスタインのマーラー第九⑧】イスラエルフィルとのテルアビブ・ライブ

バーンスタインイスラエルフィルによるマーラー第9ライブのCDを聴いた。1985年8月25日テルアビブでのライブ。先般来、私が騒いでいる同じコンビの東京公演の約二週間前。高1の私がカメのように東京を這い回って入手した、アムステルダム・コンセルトへボウ管弦楽団との正規録音の3か月後の演奏である。

ちなみに、東京公演の成功について伝えるIsrael Evening Newsの記事がCDの解説に入っている。記事の日付が間違っている(東京公演は9月8日なので8月26日の記事になるはずはない)のはご愛敬。

演奏について触れると、またとまらなくなるのでやめる。骨格は前後の演奏とほぼ同じ。傾向としては、あらゆる点で完成度の高いコンセルセルトへボウの演奏と、一期一会の燃焼感が高い東京公演のちょうど間くらいの感じと思う。

それでも敢えて一言だけ言うと、第二楽章のヴィオラのソロが、何というか、乾いた奇妙な音。普通プロのオケでパートソロを弾く人の音とは違う、ジブシーが弾くバイオリンのような音で不思議な効果をあげる。ベックリンの「バイオリンを弾く死神のいる自画像」を思い出す。東京公演のビデオではあまりそういう印象は受けなかったが、東京公演の貧弱な録音のせいか。

このイスラエルでのライブは、2012年になって、イスラエルのHeliconという会社から突然発売された。今回、アマゾンで中古できわめて安く入手した。クリックしてから僅か一両日。くどいようだがコンセルトへボウ盤を東京のCDショップを這い回って入手した35年前とは大違いである。

それもあるが、イスラエルの聞いたこともない会社のCDが日本に相当数入って来ていて、アマゾンでもメルカリでも中古が並んでいるということに驚く。

イスラエルという国については毀誉褒貶いろいろ評価はあると思うが、自分は数年前から濃い関心を持ち続けている。最近では、コロナワクチンについての驚くべきスピード対応が話題になったが、それだけではない。ここには書かないが、仕事の関係で、この国の素晴らしさについて改めて認識を新たにさせられる話を同僚から聞いた。

私は、ドイツのシュミット元首相の回顧録の「日本は(ドイツと違って)周囲の国と真の友達になれなかった」という言葉で酷く傷ついた世代である。大学時代から韓国語を勉強してみたり、周囲の諸国に関心を持ってきたが、残念ながら、年を経るごとに、益々、シュミットに反論する材料を失いつつあるように思う。

他方、最近、地球儀を眺めると、各地域に、意外に周囲と折り合いがはつかないがキラリと光る国があることに気づき始めた。一つがこのイスラエル。もう一つは英国である。

もちろん、まずは対米関係、次は周辺国だが、他地域のはぐれ者同士、もう少し連携を模索してもよいのかなと。

バーンスタインマーラーのつなぐ縁で、改めてそんなことを思ったりしている。