チェリビダッケの伝記映画 Yellow Tie
最近、指揮者チェリビダッケの伝記映画が製作されたらしい(ルーマニアのプロダクションらしく詳細不明)。
チェリといえば、80年代の初めころは、レコードを作らせないので海賊盤か稀な放送録音でしかきけず、極端に遅いテンポと独特な解釈は伺えたものの、稀に生で聴くことができた人が熱狂的にその体験を語ったりといっただけで、その演奏の実像はヴェールに包まれたままだった。
今から思うと、ベルリンフィルとの不幸な因縁もあって、「絶対王者カラヤンに対するアンチテーゼ」として、「不運もあって各地を流浪してきた、商業主義を否定する、真の芸術の使徒たるマエストロ」というイメージが、プロレス業界でいうところの「アングル」として効果的に機能していたように思う。「アントニオ猪木に挑戦する、世界の果ての密林からやってきた真の実力者、未知の強豪」といった感じ。
その後、80年代半ば以降は、日本にもミュンヘンフィルと来るようになって、ラジオやテレビで来日公演の模様が放映されるようになったが、何しろプログラムが、ブルックナーの8番とかブラームスの4番とか、むやみに深刻重厚なロマン派音楽中心だったのと聴衆側の思い込みもあって、何とはなしに、カラヤンの商業主義に染まる前のフルトヴェングラー時代の伝統を受け継ぐ、より深い、真の?ドイツ・オーストリア音楽という感じで受け止められていたように思う。
本人もインタビューで「禅」を語ってみたり、カラヤン死後にベルリンフィルに久方ぶりに呼ばれるとリハで「下手くそだ」とケチをつけてみたり、途中からはそういうアングルを受け入れて楽しんでいたようにも思う。
後年、自分も、彼の最後の1年の何回かの演奏会を聴くことができたが、禅とか非商業主義とかいう哲学的・思想的なものというより、オーケストラの響きを極限まで磨き上げる職人としての腕の冴えと、案外明るい音色と音楽性を感じ、いろいろ小難しいことを言ったり深刻そうな顔をしたりというのは本質ではないように感じた。
地元の人の話を聞いていても、「チェリはずっとミュンヘンフィルの監督をやっているのに、普段はパリに住んで、美味しいものばかり食べて暮らしていて、お金を稼ぐためにミュンヘンにやってくる」みたいなことを言っていて、案外、ラテンで快楽主義的な人のような気がしていた。
また、最後の年のコンサートでは幾つか協奏曲を取り上げていたが、当時のミュンヘンフィルの演奏会で普段出てくるソリスト達に比べ、無名で実際やや精彩に欠ける、ルーマニア出身のソリストを呼んでいたが、その辺も、芸術至上主義というより、故国の若手を可愛がるという気持ちが上回っているような感じもあって、人間味を感じたりもした。
残っている映像でも、ラベルのボレロを満面の笑みを浮かべながら飛び跳ねるようにして振っているようなものがあったが、本人の本質はああいう人だったのではないか。
今回の映画、チェリがクラシックファンの間でも次第に忘れられつつあるなか、ネットや日本の映画館で観れるようになるかも疑問だが、この巨匠について、それこそ、どういうアングルで取り上げているのか興味深く思う。
https://www.imdb.com/title/tt5335774/